問題解決・独創的思考・分析的スキルを育む「アート思考」を学ぶ授業
みなさんこんにちは。英数学館の渡辺です。
「13歳からのアート思考」という本がベストセラーになったり、本屋さんに足を運ぶと、「アート思考」、「アートシンキング」や「デザイン思考」などの本が所狭しと並んでいますが、なぜアートが急に注目を浴びるようになったのでしょうか?
私が通った学校では、アートというと図画工作や芸術と言う授業がありましたが、書いてみよう!作ってみよう!と、夏休みにポスター作りの宿題が出たり、近くの公園の風景をみんなで書いたり、あまり頭を使った記憶がありません。せいぜい、世界の有名な芸術家の名前と絵を覚えたくらい・・・。
が、話を聞いてみると、世界のアートの授業は日本のそれとは似て非なるものと言うか、社会を見るときの自分の軸を作るだとか、アートを読むだとか、綺麗、カワイイ、吸い込まれるといった感性とはまた違った、教養を身につける授業として位置付けられているようなのです。もしかしたら私が習った授業もそうだったのかもしれませんが・・・。
今回は、英数学館高等学校IB(国際バカロレア)クラスに通う、3年YさんのART(芸術)作品の紹介を通じて、国際バカロレアプログラムにおけるARTプログラムが何を求め、何を学んで欲しいか、それらが社会にどう役立つのかについて見ていきたいと思います。
その前にまずDP(国際バカロレア・ディプロマ・プログラム)のARTについて、簡単にご説明します。
ARTは以前の記事「自分なりのものの見方を育てる国際バカロレアの真髄TOK」でもご説明した通り、DPカリキュラムの6つのグループ(教科)の1つに位置づけられます。音楽、美術、ダンス、フィルム、文学と演劇から選択をします。
そして、ARTには筆記試験がなく下の3点を教師とIBが評価することで点数が決定します。
・展示(Art Exhibition)
・プロセスポートフォリオ
・比較研究(作品のまとめなど)
英数学館では高校3年生の文化祭で3年間のARTの集大成として、生徒の作品を展示し、実際に生徒が会場づくりから当日の来客対応までをする、Art Exhibition(アートエキシビジョン)を開催しています。
作品発表の場となるのはもちろんのこと、ARTの最終評価につながる大事な展示会です。
そしてプロセスポートフォリオといって、自分が実際の作品を作る前にどのようなアーティストにインスピレーションを受けたかや、どのようにして自分がアイディアを発展させていったかなどのプロセスも評価の対象になります。
IBは最終的に作った作品よりも、その作品にいたるまでに生徒がどのようなことを調べ、生徒がどのようにアイディアを発展させていったかというプロセスを重視します。
では、以上のことを踏まえたうえで彼女の作品の紹介をしていきたいと思います。
キノコランプ製作のきっかけ
彼女は、もともとキノコのモチーフが好きだったそうなんですが、数年前に長野県の北澤美術館で出会ったある作品をきっかけに、今回の作品を作ってみようと決めたそうです。
その作品は、フランスのアーティストであるエミール・ガレの「ひとよ茸」。
彼女がその作品からどんなインスピレーションを受けたのか。どのようなプロセスをたどったのか。
プロセスポートフォリオを使って彼女自身に説明をしてもらいました。
プロセスポートフォリオ
このページは、長野県の北澤美術館でガレの作品をみたあとに、この作品にはどういったメッセージが込められているかやスケッチを描いて、自分の次の作品に繋げるためのページになっています。
ここでは、これから自分が作ろうとしているランプをどういった構成にするか、どのような材料を使って作るのか、色使いはどうするか、などを事前にスケッチすることによってアイディアを固めていきます。このページは実際に自分が作品を作るときに自分のガイドになるようなスケッチになっています。
このページでは実際にランプを作り始めてどのような工程でランプを作っていったかということを写真にして、そのプロセスを説明しています。そして、どうしてハスをキノコの傘にしようとしたのかなど、理由についても説明しています。キノコの傘の部分に何を使うかすごく悩んで、できるだけ自然な形を表現したいなと思っていました。たまたま街を歩いている時に目に留まったのがハスの実の乾燥したものでした。それをひっくり返したときにキノコの傘に形がすごい似ているなと思って、キノコの傘にはハスの実を使いました。
このページでは、ガラス絵の具という材料をランプで使う前に紙の上で試してみて、どのような色が実際に出るのかということを実験しました。作品にガレのランプのような本物のガラスを使うことは難しかったので、本物のガラスのような質感を出すために、表面にガラス絵の具を使うことによってつやつやした質感を出すことに成功しました。
ここでは実際にランプを組み立てていく過程が、写真と説明によって、どんなプロセスを経て私の作品ができたのかということが誰が見ても分かるようになっています。
キノコのランプを作り終えた後に、カタツムリなども自分のランプに追加しようと思ったんですけど、カタツムリや蝶を作るために、どのようにアイディアを発展させていったかということがこのページには書かれています。ガレのランプはキノコだけで構成されているんですが、私はキノコとほかの生き物が共存している環境を描きたかったのでカタツムリなどを作って彫刻に入れました。
これは最終的な作品の写真なんですが、この作品について自分がよくできたと思ったことやさらに改善できるところなどを書いています。
世界での活躍を願って…
とても分かりやすく整理され、色使いもきれいで見るのが楽しくなるようなプロセスポートフォリオでした。
実はこれはプロセスポートフォリオのほんの一部で、実際には30ページを超える大作となっているんです!
そしてプロセスポートフォリオの説明後に、彼女は今後についてこのように話していました。
私は、小さいころから絵を描いたり、ものを作ったりすることが好きで、将来は海外の芸術系の大学に行って自分のアーティストとしての幅を広げていきたいと思っています。大学を卒業した後は、自分が本当に何をやりたいのかという専門の分野を見極めて、様々な場面で活躍できる芸術家になれたらなと思っています。
こんなに素敵な作品を作れる彼女なら、きっと夢を叶えて素晴らしいアーティストになれること間違いなしですね。将来どこかで彼女の作品に出会えることを、今から楽しみにしています!
さて、ここまで生徒のプロセスポートフォリオを見て来ましたが、何をお感じになられたでしょうか?私は少し目眩を覚えるとともに、かなりの衝撃を受けました。
これ授業でやるの?こんなアウトプットするのに、どれだけインプットいるの?どれだけ考えたの?高校生でここまで考えれるの?学びの質と言うか、何かが違うぞ・・・と。
今更ですが、国際バカロレアのDPにおけるアートの目的は以下のように定義されています。
生徒が自らの創造的かつ文化的な可能性と限界に挑戦することを奨励します。これは思考を刺激するコースで、生徒は技法の習熟を目指し芸術作品の制作者としての自信をつけると同時に、問題解決と独創的思考における分析的なスキルを育みます。生徒は異なる観点と異なる文脈で美術を探究し比較することに加 え、同時代の芸術活動および表現手段と幅広く関わり、体験し、また批判的に振り返るこ とが求められます。
(途中省略)
「IBの使命」および「IBの学習者像」に即し、ローカルな地域、地方、 国、世界のなかのあらゆる場所で、また多様な文化の境界を越えて、生徒が自由に、積極的に美術を探究することを奨励します。美術コースの生徒は探究、調査、振り返り、および創作活動を通じて、自身を取り囲む世界の表現および美学の多様性に対する理解を深め、批判的な知識をもった視覚文化の作り手、そして受け手となります。
これまで美術館や博物館で芸術と言うものに触れる時、感性に頼って生きて来ましたが、アートを学び直すことで、また新たな自分に会える気がします。今日、書店に並んでいる一冊を手に取ってみようと思います。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。次回以降も、国際バカロレアについて随時ご紹介していきたいと思いますので、何かご質問や、あれ知りたいなどのご意見がありましたら仰ってください。